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仙台高等裁判所 昭和31年(ナ)2号 判決 1956年4月23日

原告 滝田平一

被告 福島県選挙管理委員会

主文

昭和三十年十一月二十七日施行の福島県安積郡安積町会議員選挙の当選の効力につき原告のした訴願に対し昭和三十一年一月二十三日被告のした裁決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、昭和三十年十一月二十七日施行された福島県安積郡安積町会議員選挙における議員の定数は二十二名で、原告は右選挙に立候補し百六票の投票を得て最下位で当選し、第二十一位当選人は佐藤松雄得票数一一〇、四票、次点落選者は今泉政之得票数一〇五、四八票と決定された。

二、今泉政之は、原告の当選の効力に関し安積町選挙管理委員会に異議を申し立て、同選挙管理委員会は無効投票とされた「橋本政之」と記載された一票を今泉政之に対する投票と認め、その結果同人の得票は一〇六、四八票となり原告の得票を超えるものと認定し、昭和三十年十二月十日原告の当選を無効とする決定をなし、同決定は翌十一日原告に送達された。

三、原告は同月十二日被告に訴願したところ、被告もまた前記「橋本政之」と記載された投票を「今泉政之」の姓を認記したものと認めこれを同人に対する投票と決定し、昭和三十一年一月二十三日原告の訴願を棄却する旨の裁決をなし、右裁決書は同月二十五日原告に送達された。

四、しかし、候補者と姓が同じであるが名を異にする投票、名を同じくするが、姓を異にする投票は、その候補者の名又に姓を誤記したものとは認め難い。殊に本件の「橋本政之」と記載された投票一票(甲第一号証)はその筆跡から判断すれば、極めてしつかりした文字であり、これほどの文字を書く者が「今泉」を「橋本」と間違えて記載するものとは到底認められない。又安積町には福島県児童相談所長の職にある「橋本正幸」という有名人がいるから、右投票は同人に対し揶揄的に投票したのであるか、同人も今泉政之もその名はいずれも「まさゆき」と音読されるから橋本正幸の名を間違え政之と誤記したものとも認められる。いずれにせよ「橋本政之」と記載された投票は全然姓を異にし、単なる誤記とは認められず、これを「今泉政之」に対する投票と認めることはできないから、被告のした前記裁決の取消を求めるため本訴請求に及ぶ。

と陳述し、被告の答弁に対し、本件選挙における候補者の数及びその姓名が被告主張のとおりであること従つて候補者中に「橋本」姓を有する者のないこと、又「政之」という名の候補者は今泉政之のほかにはないことは認めるが今泉政之の居住する柴宮部落に「橋本」姓を有する者の多いことは不知と述べた。(証拠省略)被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告の主張事実中、一乃至三の事実は認める。同四の事実中「橋本政之」と記載された投票一票(甲第一号証)が存在することは認めるが、「橋本正幸」という人物がいて、福島県児童相談所長の職にあることは不知、その余は争う。

二、「橋本政之」と記載された投票は、候補者「今泉政之」の姓を誤記したもので同人に対する投票と認むべきである。即ち本件選挙における候補者は三十一名でその姓名は別紙候補者一覧表記載のとおりであるが、候補者中には「橋本」の姓を有する者はなく、「政之」という名の候補者も今泉政之のほかにはない。又今泉政之の居住する柴宮部落(大字荒井字柴宮の区域全部)には「橋本」姓が多く部落戸数三十四戸中十五戸が「橋本」の姓を有している。以上の事情を考えると「橋本政之」と記した投票は候補者今泉政之に投票する意思で、その姓を誤記したものと認めるのを相当とするから、原告の本訴請求は失当である。と述べ、なお、候補者今泉政之が特に橋本の通称で呼ばれていたことはないと附陳した。

(証拠省略)

理由

原告主張の一乃至三の事実及び本件選挙の無効投票中に「橋本政之」と記載された投票一票の存在することは当事者間に争がない。よつて右「橋本政之」と記載された投票の効力につき判断する。

本件選挙の候補者は別紙候補者一覧表記載のとおりであつて、候補者中に「橋本」姓を有する者がなく、又「政之」の名を有する者も今泉政之のほかにはないことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第二号証によれば候補者今泉政之の居住する安積町大字荒井字柴宮部落には三十四世帯中「橋本」姓を有する世帯が十五世帯あることが認められる。しかし、本件係争の投票であること当事者間に争のない甲第一号証によると、相当達筆に一字一字を離し明瞭に記載されており、且つ「橋本」と「今泉」とはその字形、字音を全く異にし類似性が認められないから、候補者今泉政之に投票する意思をもつてその姓を橋本と誤記したものとは到底認められない。上記の当事者間に争のない事実及び乙第二号証により認定される事実があつても、それだけで右「今泉」の姓を「橋本」と誤記したものと認めるべきではない。結局右投票は、候補者でない者の姓名を記載したものとして無効とすべきである。

そうすると、原告の当選は無効とすべきでないから、原告の訴願を棄却した被告の裁決は違法であるから取消を免れない。

よつて原告の本訴請求は正当として認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 村木達夫 石井義彦 上野正秋)

(別紙目録)

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